ミセス シダーの遥かな旅 (特注の木のガレージ戸) [木のガレージ戸]
初めまして、私はウェスタンレッドシダー。日本の業界では米杉と呼ばれていて、建具などに杉の代わりに使われることが多い材ね。シダーを訳せば杉ということになるのでしょうけど、私は日本で言えばネズコ。ヒノキ科クロベ属で和名はアメリカネズコといことになるわ。
私たち、レッドシダーはロッキー山脈からカナダのBC州あたりに生息していて、私はカナダ出身。現地で大割りにされて、2週間かけて船でやってきてね、生まれて初めて船に乗って2週間なんてすっかり酔ってしまって、ホントに大変だったの。20年以上前のことね。まだ日本はバブルの絶頂期だったはずよ。
やっとの思いで札幌についたら、暗い倉庫に入れられて、20年、、、。埃が1センチも積もるほど待たされて、、、、。
そうそう、私の上にちょこんと乗せてあるのは、住宅の柱材の規格で105ミリ角。比べるといかに私がナイスバディかがわかるでしょう?
ある日のこと、無精ひげをはやしたくたびれたオッサンが私を見て、ニンマリしたの。「これだ!」とか言いながら。それがkuniさんだったのよ。ガレージの引き戸を作るのだとか?
kuniさんがこの仕事をするきっかけは、とっても面白くてね。一年ほど前に近場のアウトレットショップのご主人が、売れた工具の箱を頼みにいらして、8千円とかで採算の合わないのも承知で立派な桐の箱を作って差し上げたのですって。で、そのお客さんというのは、設備屋さんの社長さんで、kuniさんの工房から15分くらいの山の中腹に別荘のようなものを建て始めて、その一階部分のガレージの戸を二人の職人さんに相談してみたものの、色よいお返事ではなくてこまってしまったのね。
それで、ふとあの工具の桐箱を作った、あんな腕のいい人なら扉も作れるんじゃないかと思って、アウトレットショップのご主人に連れて来てもらったそうよ。その時のkuniさんたら「こんなことってあるんだ?」って、ポカーンとしてたのですって。
住宅地から人気のない山道を抜けたところにそれはありました。札幌軟石を積んだガレージ部分。上屋はまだこれからで、資金が出来次第建ててゆくそうよ。その社長さん、そんな過程自体を楽しんでいらしゃるようね。
このガレージの天井はコンクリートで、その重さを支えるのに中には鉄骨が組んであるのね。その鉄骨から10センチほど離れて軟石が積んであるのですけど、引き戸にした場合、その10センチの隙間に戸を納めなくてはいけないわけ。ところが、この軟石、規格外のものをお安く仕入れたので、サイズがまちまちで狭いところは6センチとかしかないのよ。戸を収めるにはかなりの部分の石をはつらなくてはいけないので、kuniさん、最初は悩んで、石にはからまない、跳ね上げ式の戸を提案したけど、社長さんのご希望で結局引き戸になったのね。
社長さんは元々職人さんなので、戸にぶつかるところは社長さんがはつると言ってはくれたけど、kuniさんちょっと不安そう、、、。
間口2.9メートル、高さ2メートルの開口部に3枚の引き戸。右端の一枚が普段の出入りで、左の2枚はジョイントされて左に動きます。戸の手前には厚さ9センチ、巾20センチの枕木を3方枠にする予定ですって。
それってとっても大変じゃないかしら?一本45キロにはなりますよ。一人で加工できるのか、かなり不安だわね、、、。
さて、私の断面を見てくださる?約20センチ角。こういう塊のような材はキャンツなんていう言い方がありましてね。ここから、特注のサイズの材料に挽きなおしたりするためにこういう大きなサイズなのよ。
kuniさんね、この断面をしげしげと見ながら、ざっと考えると樹齢350年以上だって、解ったとたん、私のことを「ネズコばあちゃん」って呼んだのよ!失礼しちゃうわ!
だってね、私たちの最高齢って千数百年はあるのよ。仮に私が400歳としてもまだ人生の三分の一でしょう?っていうことは私は女盛りってことじゃない!?私がセクシーに見えないってどうかしてるんじゃないかしら?
「ごめんなさーい、、、ミセス シダーにしますw~」
じょうずに挽ければ、私から5センチ×15センチのフレームが4本は取れる計算ね。
他にも相棒さんを連れてきたのよ。この材料、全部で10万以上!kuniさんったら一本も無駄にできないって、ピリピリに緊張しちゃって、、、、。
ね?kuniさんと比較すると私がどんな巨体かわかります?
フレーム一本、切り間違っただけで、数万の損出になるから、真剣そのものね!?
数十年の埃をかぶってよくわからないでしょうけど、この方、私よりかなり高齢で杢がすばらしいのよ!
ほら!こういう杢を日本人は笹杢なんて言って珍重してるわね~。でもこういう杢ってね、鉋がけが大変なのよ!ネズコの笹杢って最高難度のひとつじゃないかしら?苦労するわよ~。
写真は4枚に割ってあるでしょう?これはね、鏡板に使う材で、これを4枚屏風のように開くと、
隣り合った板のすべてがブックマッチ(対称)になるのね。見事なものねぇ~、私たちどんな仕上がりになるのか、ワクワクしてきたわ!
ところが、kuniさん、あまりのシビアさに加工の工程を撮るゆとりがまったくなくて、というのもフレームの位置関係に許される誤差は0.1ミリを下回らなくちゃいけないんですって!?加工途中は声もかけられないほど、緊張していたわ。このところブログもさっぱりだった理由はそれだったのね?
完成した戸は後ろの方に梁からぶら下がってます。そして、作業台の上や床に置いてあるのが枠に使う枕木。
一本約45キロを10本、厚みと巾を削り直すだけで、kuniさん、ヘロヘロになってましたよ。私を「ネズコばあちゃん」なんて呼んだ罰ね、うふふ。
いきなり現場の取り付け後になっちゃいましたけど、許してあげてね。
戸の上に見えるコの字型のレールにはベアリングが走って、そのベアリングからボルトが出ていて、戸を吊っているの。レールは鉄骨に溶接されたアングルに5ミリのボルト、ナットで固定されているんですけど、穴を空けて、ネジを切ってなんて、普段慣れない仕事でふーふー言っていたわ。
この日ばかりはお手伝いの方をお願いして二人の作業でした。だって、長いレールは3.6メーターもあるんですもの、一人じゃ支えきれませんものね。
結局、微妙に扉に当たる場所がかなりあって、kuniさんがはつることに、、、。今度は石工さんね?
二日目からはkuniさん一人での作業です。削って少し軽くなったとはいえ40キロほどの枠材をひとりで天井に押し付けるのは大変。片方につっかえ捧をしながらプルプルしてましたよ、あはは~。
なかなか立派じゃない!?
0.1ミリの誤差も許されなかった加工ってこんなことなのよ。
これがフレームの角。ちょっと抜いて見ると、、、
小根付き二枚ホゾ。
このホゾを最強の接着剤、エポキシで組んでたわ。
「kuniさん、ここまでの仕事が出来る予算だったの?」
「いいえ、、、、。その社長さん、骨董が趣味でね、これに取り掛かる前に蔵を見せてくれたんですよ。そりゃぁ立派な物がありましたよ。蔵の戸もいい仕事してました。でね、何気なく、昔の職人はいい仕事をしたよなぁっておっしゃったのね。それで火がついちゃったんですよ。」
「今の職人はい仕事が出来ないなんて寂しすぎるでしょう?だから現代の職人の意地を見せてあげたかったんですよ。自分のためじゃないですよ。社長さんと現代の職人のために、その誤解を解きたかったんです。」
「そうだったの、、、。」
鏡板の木目が見事に揃っているでしょう!?
一枚ではちょっと見苦しい色変わりもブックマッチになると、その証明になっているわね。
木目がもめているところがジョイントを中心に対象になっているのがわかるかしら?
窓にはポリカーボネードを入れて、格子の正面に木目が出るように一生懸命斜めに削っていたわよ。おばかさんねぇ~。
引き手は社長さんのアイディアではつりの機械のタガネ部分なんですって。
重くて、大変だった枕木の枠。前の列は軟石にエポキシ充填のボルトで固定。後ろの列は鉄骨にボルト止め。慣れない事をよくやったわね。
ガレージ部分だけの完成って、ちょっと不思議な光景ね。
kuniさん、もう放心状態、、、。なかなか帰ろうとしないの、、、。
「大丈夫?」
「ミセス シダー、こんなところに置いていくのは後ろ髪が引かれるようです~。」
「あら、何を言ってるの?見て御覧なさいよ、この景色!
20年ぶりに開放されて、しかもこの景色なのよ!カナダとはちょっと違うけど、ハ
ウチワカエデの紅葉もあるし、
サクラもあるし、他にも知らない木がたくさんあるわ。鳥のさえずりもたくさん聞こえるしね。私、幸せかも。」
「ふえ~」
「それに見た!?エゾリスさんもいるじゃない!?」
「おー!!!」
「じゃぁ、また来ますw~、、、、、、チュ」
「ええ、へたれた時はいらっしゃい!」
「え!?は、は~い」